🐉「最も初期の龍の神話」龍擡頭やさしいりゅう

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人間たちがいくさをはじめ、ころしあって
いるすがたをみた神さまは、おこりました。
「龍王よ、三年のあいだ雨をふらせてはな
らぬ」　しかし、やさしい龍は、おきてを
やぶって、めぐみの雨をふらせてしまいま
した。中国の民間伝説『龍擡頭』を幻想的
に描いた中国創作民話絵本。

龍擡頭👉りゅうたいとう、と読む。


やさしいりゅう

それは　ちょうど、天上の　ももまつりのときでした。
ふいに、したのほうから、さわがしい　さけびごえが
ひびいてきたのです。天の神さまは、雲をひらき、
下界をのぞいてみました。
なんと、にんげんたちが　いくさをはじめ、たがいに
ころしあっているではありませんか。

神さまは　おこって、すぐさま、おつかいの太白金星を
さしむけて、めいじました。
「龍王よ、三年のあいだ、下界に　雨をふらせてはならぬ。
そむけば、おもいばつを　あたえるぞ」
龍王は　おどろきました。雨をふらせなければ、
にんげんや　いきものたちは　どうなるのでしょう。
でも、天の神の　めいれいに　そむくことはできません。
龍王は　じっと　がまんして、ながいこと　雨を
ふらせませんでした。

こうして、どれほどだったことでしょう。龍王は、
しんぱいで　たまらなくなりました。
あるひ、とうとう　雲にのって、天宮のそとに　でて
みたのです。
すると　どうでしょう、下界は　あれはて、川も
いずみも、ふかいいどさえ　ひあがって、あたりいちめん
やけのはら　ひとびとは、いきもたえだえのありさまです。

龍王は、もう　つらくて　がまんができません。
神さまの　いいつけに　そむいて、みをおどらすと、
天の川まで　とんでゆき、川のみずを　たっぷりと、
あふれるほどに　すいこみました。

龍王は　霧にのり、雲をおこして　じめんに
まいおりてきました。龍王が　まうたびに、雲が
つぎつぎと　わきおこっては　大地をおおい、かぜが
うなり、いなづまがひかり、雷鳴が　とどろきます。

龍王は　ぱっと　くちをあけて、天の川の　みずを
いっきに　ふきだしました。
野にも、山にも、めぐみの雨が　いっせいに
ふりそそぎました。ひとびとは　おおよろこびで、
空をあおいで　おどりあがりました。

ひあがっていた川が　ほほえみ、ひびわれていた
大地が　みどりのころもを　まといました。木ぎのえだが
ゆらめき、あざやかに　はながひらきました。
龍王は　にっこり　わらうと、ぶるんと　みをふるって
虹になり、いきいきとした大地に　いろどりをそえました。

これをみた　神さまは、おこったのなんの、すぐさま
太白金星にめいじて、もっていた払子を　おおきな山に
かえさせ、龍王を　そのしたに　おしこめてしまいました。
そして、山のうえに　おおきな石碑をたて、こう
しるしたのです。
「龍王、飛天の日は、金の豆が花咲く時なり」
そうです。金の豆が　はなさくなんて、ありっこない
のですからーーー　やさしい龍は、もうずうっと、しぬまで
でられないのでしょうか。

ひとびとも、とじこめられた龍王を、とても　きのどくに
おもいました。とりいれた　こくもつを　たずさえては、
龍王のもとを　おとずれました。

二月二日のことです。
ひとりのおばあさんが、とりたての　とうもろこしを
もって、龍王のところへ　やってきました。つやつや
ひかる　とうもろこしを　ささげようとしたとき、
「やあ！　金の豆だ」と、こどもたちが　さけびました。
そして、うたいだしました。
「金の豆、豆、いいかおり」

「おう、金の豆だって」
ひとびとの　目が　かがやきました。
「そうだ、とうもろこしを　いれば、金の豆が　はな
さいたことになるじゃあないか」
ひとびとは、いそいで　とうもろこしを　もちよっては
なべに　ほうりこみ、いりはじめました。

ほのおのなかで、金いろのとうもろこしが　ピチピチ
パチパチ　はじけます。
ひとびとは　こえをそろえて、天にむかって
いっせいに　さけびました。
「金の豆が　はなさいた」
「金の豆が　はなさいた」

太白金星は、ひとびとの　さけびごえを　ききつけて、
「なにごとか」と、雲間から　したを　ながめました。
なんと　金いろの豆が、たしかに　はなさいているのです。
「おお、ほんとうに　金の豆が　さいたわい」
太白金星は、てまねきをすると、もとどおりに
さあっと　払子を　おさめてしまいました。

龍王は、ぐっと　あたまをもたげました。そして、
おおきく　ひとなきすると、みを　くねらせました。
それにつれて、地がさけ、山が　くずれました。
やがて、ひとすじの　銀いろのひかりとなった龍王が、
まっすぐ　雲間へと　とびさっていくのが　みえました。

龍王は　うつくしい雲にのり、はるか　かなたから、
ひとびとにむかって　おじぎをしています。
そよかぜがふき、小雨がしとしと。大地はかがやき、
かすみたなびき、天も地も　よろこびで　いっぱいです。
ひとびとは、この日を　けっして　わすれぬように、
二月二日を　おまつりの日と　きめました。

まいとし、この日がくると、ひとびとは　はやくから
おきだし、とうもろこしを　いっては、うたうのです。

「二月の二日。龍が　くびをもたげれば、
おおきなお倉に　どっさり。ちいさなお倉も　どっさり」


「龍擡頭」の紹介
大昔の人びとは、偉大な自然の力をまのあたりにして、大空には風雨を司る神がいると想像し、それを“龍”とよびました。これが最も初期の龍の神話です。その後人びとは、自らの感情や願望に従って、絶え間なく龍の形象を練りあげ、さまざまな神話や伝説を生み出していきました。
これら“龍”の伝説の中には「善い龍が罰を受ける」という型の話があります。善い龍は,ひそかに人びとを助けますが,その結果大帝の罰を受けるのです。この型の伝説は,人類の自然を征服したいという願望や、善良な犠牲者に対する思慕を表現しています。
中国の陝西地区に伝わる「二月二日,龍擡頭」の伝説は、この龍王が雨を降らせた結果、罰を受け、人びとが龍王を救けるために,二月二日の日,どの家々もみな、よく炒ったとうもろこしを中庭に供え,太白金星がそれを、「金の豆が咲いた」ものと見誤り,龍王を放って天に登らせるというものです。この風俗慣習が,今に至るまでずっと続いているのをみても,善龍”の話が,いかに人びとの心に深くきざみこまれているかがわかると思います。
「龍擡頭」の話は,この民間伝説から取材して書きました。


訳者あとがき
龍,この空想上の霊獣は,西欧のドラゴンやインドのナーガとも異なる、独特のイメージをもつ魅力的な存在です。じつに中国人の生みだした傑作といえましょう。その容姿の怪異さに加えて、属性にもまた多くの説が出されてきました。古い文献を総合しますと、龍は水にすむものであり,また昇天するものである,といいます。龍は言や竜巻や書などの自然現象から生まれたとする説や,蛇やワニなどの動物から想像されたなどさまざまです。いずれにしても水と深いかかわりがあり、雨をつかさどる水神としてあがめられますが,時には暴風雨や大洪水をおこすおそろしい神であり、時には慈雨をもたらす神としての二面性をもっています。
物語に登場する龍は前者が多く(悪龍として人びとを苦しめ、英雄がいどむ話などその例です。)
この本に描かれたやさしい龍のほうがむしろめずらしく、それだけに龍神と人びととのあたたかい交流が読者の胸につよくひびくことでしょう。


１９８８ねん８がつ３０にち　はっこう
えほん・こどもとともに


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